研究紹介商業学分野Commercial science (Marketing)

髙田 英亮

慶應義塾大学商学部教授

髙田 英亮

マーケティング論、流通論

慶應義塾大学商学部助教、専任講師、准教授を経て、2020年から現職。博士(商学)。現在の関心領域は新制度派経済学による流通チャネルの諸問題の検討とマーケティング戦略におけるビッグデータとAIの活用。Industrial Marketing ManagementJournal of Business Research、『流通研究』などに論文を掲載。

流通チャネルとマーケティング戦略に関する理論的・実証的研究

慶應義塾大学商学部教授 髙田英亮

 私が所属する商業学・マーケティング分野は、消費者行動論、製品開発論、価格論、広告論、流通チャネル論、マーケティング戦略論など、様々な各論から構成される。これらの中で、私の専門は、流通チャネル論とマーケティング戦略論である。2011年に慶應義塾大学商学部専任講師に着任して以来、この2つの分野において行ってきた研究の発展プロセスを整理すると、図表1のようになる。以下、この図表に基づいて研究紹介をしていく。

図表1 研究の発展プロセス
研究の発展プロセス

流通チャネル論:チャネル形態の選択

 私が大学院生の頃から一貫して関心を持ち、研究を続けているのが流通チャネル論である。この分野では、企業が製品を顧客に届ける際のチャネル形態の選択とチャネル関係の管理が中心的な問題である。このうち前者に関して、取引費用理論やエージェンシー理論など、新制度派経済学を用いた研究が代表的なアプローチの1つであり、この大きなアンブレラの下で、具体的な研究を行ってきた。
 チャネル形態の選択とは、製造業者が製品の流通において、いかなる取引形態を選ぶかという問題である。例えば、卸段階では、自社の卸売部門や自前の販売会社など、直接チャネルを主軸に据える製造業者がいる一方、卸売業者や販売代理店など、間接チャネルがメインの製造業者もいる。また、デュアル・チャネルといわれるが、直接チャネルと間接チャネルの双方を巧みに用いる製造業者もいる。
 ある製品の流通において、売上高の90%以上を直接チャネルか間接チャネルが占めればそのどちらかが用いられているとし、それ以外はデュアル・チャネルが用いられているとする。このルールの下で、日本の製造業者によるチャネル形態の選択状況(卸段階)を示すと、図表2のようになる。この図表から、生産財では消費財と比べて直接チャネルを主軸に据える製造業者の割合が高く、消費財では生産財と比べて間接チャネルがメインの製造業者の割合が高いことがわかる。

図表2 日本の製造業者によるチャネル形態の選択状況(卸段階)
日本の製造業者によるチャネル形態の選択状況

チャネル形態の選択の要因

 では、この選択(直接チャネルの割合)はどのような要因によって規定されているのか。この問題に関して、1980年代以降、オリバー・ウィリアムソン教授の取引費用理論による研究が有力である。他方、この理論は完全ではなく、2000年代以降、その不十分な点を補うべく、リチャード・ラングロワ教授やニコライ・フォス教授らのケイパビリティ理論が台頭・発展している。
 こうした状況で、その2つの理論を用いて直接チャネルの割合を説明したのが研究①である。主要業績は髙田 (2013) であり、分析の結果、直接チャネルの割合を説明する際、資産特殊性に代表される取引費用要因も市場ケイパビリティに代表されるケイパビリティ要因もどちらも重要であることと、そのうち後者がより重要であることを明らかにした。
 続いて、デュアル・チャネルに焦点を絞り、その選択理由を同様の2つの理論を用いて検討したのが研究②である。主要業績はTakata (2019) であり、デュアル・チャネルの選択においても、ケイパビリティ要因がより重要であることを明らかにした。

生産財と消費財における資産特殊性

 その後、最も重要な取引費用要因である資産特殊性について、過去の分析結果を丁寧にレビューしたところ、既存研究は実は人的資産特殊性のみか、人的・物的資産特殊性の混合尺度か、どちらかの測定に限定されていた。この点を問題視して、資産特殊性を人的なものと物的なものの2種類に分け、それぞれと直接チャネルの割合との関係を解明したのが研究③である。主要業績はTakata & Parry (2022) であり、ミズーリ大学カンザスシティー校のマーク・パリー教授との共同研究である。
 この論文はこれまでの一連の研究の集大成ともいえるものであり、直接チャネルの割合に関する分析結果の全体像(卸段階)を示せば、図表3の通りである。

図表3 直接チャネルの割合に関する分析結果の全体像(卸段階)
直接チャネルの割合に関する分析結果の全体像

 資産特殊性に関する結果を見ると、生産財では予測と一致して、人的資産特殊性が高くなれば、直接チャネルの割合も高くなることが確認された。この関係は相対的に強く、より重要であることも示された。しかし、消費財では予測と異なり、同様の結果が得られなかった。他方、物的資産特殊性と直接チャネルの割合に関しては、生産財でも消費財でも予測通りの正の関係が見られた。これらは、2種類の資産特殊性を別個に検討する必要性を示している。
 その他、ケイパビリティ要因について、市場ケイパビリティが高くなれば、直接チャネルの割合が低くなることが、生産財でも消費財でも一貫して強く確認された。また、生産財では、製品の技術的複雑性が人的資産特殊性を強く規定していた。
 以上のような研究成果は、商業学の教科書の内容を書き換えるものであり、経営者やマネジャーにとっては、適切なチャネル形態を選択するための有用な指針となるものである。今後はオムニチャネルに代表されるデジタル時代のチャネル形態も対象に、さらなる研究を行っていきたい。

事業成果を規定するマーケティング・ケイパビリティ

 ここからは、私のもう1つの専門であるマーケティング戦略論についてである。この分野では、企業の外部・内部要因が企業のマーケティング行動や成果に与える影響が研究対象となる。資源ベース論やダイナミック・ケイパビリティ論など、この分野でよく用いられる競争戦略論が新制度派経済学と深く結びついていたことが研究を始めたきっかけである。
 まず取り組んだのが研究④であり、主要業績はTakata (2016) である。この論文では、企業の外部要因として産業構造、内部要因として市場志向とマーケティング・ケイパビリティを取り上げ、それらが事業成果に与える影響を、3年にわたる3回のサーベイ・データを用いて検討した。
 ここで産業構造は、マイケル・ポーター教授による5つの競争要因(既存企業間の競争の激しさ、新規参入の脅威、代替品の脅威、買い手の交渉力、売り手の交渉力)によって把握した。市場志向は、現在・将来の顧客ニーズを巡る市場知識の生成、普及、反応のことであり、マーケティング・ケイパビリティは、標的顧客に対して製品、価格、プロモーション、チャネルの各対応を適切に組み合わせて実行する能力のことである。事業成果は、市場成果や財務成果によって測定した。
 分析の結果、事業成果の規定要因として最も重要なのはマーケティング・ケイパビリティであり、次は既存企業間の競争の激しさ、売り手の交渉力、市場志向であった。また、市場志向は、マーケティング・ケイパビリティを介して事業成果に大きな影響を及ぼしていた。現在、この論文はマーケティング・ケイパビリティの重要性を示す研究の1つとして位置づけられ、多くの研究者によって引用されている。

ビッグデータとAIの時代に向けて

 その後、ミズーリ科学技術大学の府川信幸准教授と共に取り組んでいるのが研究⑤である。近年、企業のマーケティング戦略においてビッグデータとAI(人工知能)の利用が進んでいる。しかし、創造的な新製品を生み出すなど、成功を収めている企業は多くない。なぜだろうか。定量分析と定性分析を組み合わせた混合研究法を用いて、この問いに答える研究に挑戦している。
 Marketにingがついていることからもわかるように、マーケティングは変化し続ける顧客ニーズを起点に、まさにいきいきと動いている市場を対象としている。こうした中で、最新の現象に着目し、マーケティングの教科書に新たな1ページを加え、実務家に新鮮なインサイトを提供するような研究にも今後さらに力を入れていきたい。

参考文献

髙田英亮 (2013). 取引費用要因とケイパビリティ要因がチャネル統合度に及ぼす影響. 『流通研究』, 15(1), 15-38.
Takata, H. (2016). Effects of industry forces, market orientation, and marketing capabilities on business performance: An empirical analysis of Japanese manufacturers from 2009 to 2011. Journal of Business Research, 69(12), 5611-5619.
Takata, H. (2019). Transaction costs and capability factors in dual or indirect distribution channel selection: An empirical analysis of Japanese manufacturers. Industrial Marketing Management, 83, 94-103.
Takata, H., & Parry, M. E. (2022). Human asset specificity, physical asset specificity, and direct distribution. Industrial Marketing Management, 105, 515-531.