研究紹介会計学分野Accounting

荒田 映子

慶應義塾大学商学部教授

荒田 映子

財務会計論

武蔵大学専任講師,准教授,教授を経て2019年から現職。修士(経済学)。現在の研究テーマは,「法と経済学,協力ゲーム理論による会計基準の分析」。『アナリストのための財務諸表分析とバリュエーション』(共訳、有斐閣、2018)、「会計情報の比較可能性ーリースを題材にー」『産業経理』(83(3),2023)、「会計基準の構造と変容ー法と経済学による会計基準の分析ー」『會計』(203(2),2023)、「リースの会計認識と所有権の経済理論」『企業会計』 (74 (10),2022)

会計基準の構造をつかむ

慶應義塾大学商学部教授 荒田映子

 企業は日々の経済活動を,複式簿記というツールと会計基準というルールによって,貸借対照表や損益計算書といった会計情報に変換し,それを,企業を取り巻く利害関係者に開示します。利害関係者はそれらの情報を用いて,たとえば企業に投資する/しない,とか,税金をいくら取るなどの意思決定を行い,その結果は,企業の経済活動にフィードバックする形で影響します。この一連のシステムが財務報告システムであり,私はそのなかでも,取引の集合を,利益やストックの額に対応させるいわば関数の集合である「会計基準」の性質とそれが果たす役割に関心を持っています。

リース会計をめぐる議論

 特に,リース会計を対象に研究を続けてきました。リース取引とは,(会計上の定義は置いておくとして,一般的には)特定の資産について,借手が貸手に対価を支払うことで一定期間それを使用することが約束される取引です。この支払対価は,リース期間にわたって解約不能であるため,借手の支払義務を負債として認識させたいという要望が情報利用者側からある一方で,借手が使用する資産の所有権は貸手にあるため,それを借手が会計上資産として認識するには,所有権以外に資産を特徴づける理屈が必要となるのです。どの範囲のリース取引を,どのような理屈で借手に認識させるのか,という論点を巡って,1940年代から70年以上にもわたって議論が繰り返され,とりわけ,私の院生時代からごく最近に至るまでに会計基準が大きく変化しました。

会計基準の整合性

 本来,どのようなルールも,それらの集合で構成されるひとつのシステムのなかでは一定の整合性が保たれているはずです。整合性とは何であるかは,対象の次元によって異なりますので,詳しい説明は斎藤(2012)などを参照してもらうとして,ここでは,ある取引の会計処理の背後にある理屈と,似たような取引の会計処理の背後にあるそれとは同じであるはずだという考え方,あるいは,長年にわたって会計処理のあり様として利用者が合意してきたものとの整合性,という程度にとどめておきましょう。そのような整合性が確保されることで,変化する会計基準に対し一定の予測可能性が与えられ,またもし整合していなければ,会計基準への信頼が失われ,経済システム全体に重大な影響を及ぼします。私の関心は70年にもわたって揺らいできたリース会計においてそのような整合性はどのように維持されてきたのか,という点にありました。
 しかし学会の潮流は,会計基準のそのものへの関心が薄れ,会計基準を所与として生成される会計情報と,株価などとの相関関係をみることで会計システムへのインプリケーションを得る実証研究へと移っていきました。そのような中で,自分の問題意識を解決するのに適したアプローチを模索するのは,楽なことではありませんでしたが,解決の糸口となったのが「法と経済学」と「協力ゲーム理論」でした。

「法と経済学」による会計基準の分析

 「法と経済学」は法を,経済学の手法を使って分析する研究の総称ですが,私が関心を持ったのは,法の効果を定量的に評価する実証研究ではなく,法の機能や性質を経済理論によって説明する研究でした。法社会学や法哲学の分野の研究者たちは,社会規範の一部である法の役割や,社会秩序と法の関係を論じるのに,経済学を用いた研究も行っています。会計基準も広くみれば法的規範のひとつですから,法と経済学の研究成果の知見を応用することで,変化する基準の構造や,上述のような整合性を確認する方法がみつかるのではないか,と思ったのです。その後法と経済学会に所属し,法と経済学を専門にする仲間と定期的に研究会も開催するなどしてインプットとアウトプットの両輪を回しながら,研究を進めています。2022年に公表した「リースの会計認識と所有権の経済理論」(『企業会計』10月号)は,財務会計分野では数少ない査読誌でアクセプトされており,また,日本会計研究学会でも,「基準の構造と変容―法と経済学による会計基準の分析」というタイトルでパネリストとして報告する機会をいただくなど,メジャーではないながらも学界で受容されつつあるのではと思っています。
 現在は,トラスト未来フォーラム財団から助成を受けて「『デジタル時代の所有権と信託:経済学的・比較法的分析に基づく検討』に関する研究会」(委員長:清水剛東京大学教授)にて,法学者や経済学者,実務家とともに検討を行っています。会計が法域を超えて資産とは何であるかを検討してきたその経緯とそれにかかわる自分の研究が,現代の新しい問題を解決するのに役立つかもしれないと思うと心が躍ります。

協力ゲーム理論によって進化する会計基準研究

 基準の整合性とは何か,という問題意識に対して,さらに研究を前進させるきっかけとなったのが協力ゲーム理論です。協力ゲーム理論とは,プレイヤーの合意を拘束できるという前提のもとで「どのような提携や利得分配がなされるか」を分析する理論です。プレイヤーの合意を拘束できるという前提は,法や会計基準においては保証されているといってよいケースが多いので,実は適用範囲が広いのではないかと考えています。協力ゲームでは提携によって得られた特定の利得の分配のあり方を「解」と呼び,それぞれの解が満たす性質をリスト化(公理化,特徴づけ)することで,問題を解決する方法の整合性を確認することが可能となります。
 Aumann and Maschler(1985)は,ユダヤ教のタルムードに不可解な数値例で示されている遺産の分け方に関する謎を,協力ゲーム理論によって解明しました。この「規範の謎を解く」という研究に魅せられて,会計基準を題材に同じような研究ができないかと,前任校(武蔵大学)の同僚であった下川拓平先生(数理論理学)と東京工業大学の猪原健弘先生(意思決定論)とともに,減価償却を説明するモデルを構築しました(Arata et al., 2022)。慶應に移籍後は,協力ゲームを専門とされる経済学部の穂刈享先生から,「公理的アプローチ」の観点から体系的に協力ゲームを捉える視点をご教示いただき,研究を共同でさらに進めているところです。協力ゲームによって,会計基準が規定する手続きをモデル化し,公理を抽出することで,GAAP(Generally Accepted Accounting Principles)と呼ばれる会計手続きの背後にある理屈が明らかになることが期待されます。
 当初面白いからやってみたい,というだけで始まった研究が,学生時代からの私の問題意識であった「会計基準の整合性を確認するためのツール」へと現在進行形で進化しつつあるのです。

会計基準研究から広がる世界観

 私の研究対象は会計基準,という一見大変狭いもので,今会計研究でも流行っているAIやSDGs,統合報告といった華やかなテーマではありません。しかし,法と経済学や協力ゲームという大変興味深い分析アプローチに出会い,さらに議論につきあってくれる専門家が常に周りにたくさんいるという幸運にも恵まれて,財務会計制度の根幹を成す会計基準という対象から広がる世界観を楽しんでいます。また他分野の研究者と,厳密な議論を繰り返すことで,会計の本質に気づかされ,自身の研究者としてのアイデンティティが会計学にあるということを再認識しています。

参考文献

荒田映子(2022)「リースの会計認識と所有権の経済理論」『企業会計』 74 (10) 97 - 108頁。
斎藤静樹(2012)「会計基準と基準研究のあり方―整合性・有用性・規範性」大日方隆編著『会計基準研究の原点』第1章中央経済社。
Arata, E., Shimogawa, T and Inohara, T. (2022). A Game Theory-based Verification of Social Norms: An Example from Accounting Rules. Keio-IES Discussion Paper No. 2022-007.
Aumann, R. J. and Maschler, M. (1985). Game Theoretic Analysis of a Bankruptcy Problem from the Talmud. Journal of Economic Theory, 36 (2), 195–213.